たまには弱音も吐いてみる。

おはようございます。ほりこです。

実は昨日、仕事でやってはいけないミスをしてしまい、だいぶ落ち込んでいます。しかも、の上司がすごく尊敬できるとても素晴らしい人だから、なおさらです。

なので、今日は珍しく、弱音を吐いてみることにします。

 

発達障害を抱えながら生きていると、必ず「どうして周りの人には当たり前にできることが私にはできないんだろう」という壁にぶつかります。それはもちろん「障害があるから」に他ならないのですが、悲しいことに発達障害の最大の「障害」は「できなければ社会での生活や人間関係を築くのが非常に困難」ということなのです。

障害があろうと無かろうと、生きている以上は生活しなきゃいけないし、ひとりでは生きていけないので人間関係の構築も必須です。発達障害を持っていて最も苦しいのは「障害を言い訳にしたいけど、言い訳すると人間らしい生活が送れない」ということに尽きると思います。

世間の認知度や理解度はともかく、きっと発達障害を持っている人なら誰しも「頑張れど頑張れどできるようにならない自分」に苦しみ、逃げ出したくなったことがあるはずです。結局、苦しむ理由は毎回「頑張ってもできない自分」で、理解のない周囲の嫌味や偏見、悪意のない励ましの言葉ではないんですよね。

だから余計に逃げられないんです。嫌味や偏見からは逃げられるけど、自分の嫌いな「頑張ってもできない自分」からはどう足掻いても逃げられません。

私はADHDの診断も下りているし、薬を服用し始めてもうすぐ3年になりますから、「できないもんは仕方ない」と、ある程度は割り切っています。でも、それでも「頑張ってもできない自分」に嫌気がさすことは本当によくあります。

服薬をしている以上、まったく服薬なしの状態よりはいくらかマシになっているはずなので、「ADHDだからできなかった」という言い訳がしにくくなりますし、私自身も「ADHDでできないのは仕方ないけど、ADHDを言い訳にはしない」と決めているので、次から次へとやってくる困難は乗り越えるしかないんですよね。

発達障害がない人に比べ、発達障害を抱える人はよく失敗します。私も、何度もトライ&エラーを繰り返し、何度も同じことで失敗して、克服できていないことがいっぱいあります。克服できない度に自分の障害を痛感します。逃げたくなります。それでも逃げずにいるのは、そうしないとやっていけないからです。

失敗して傷だらけでも、傷口を手当てしたらまた歩き出しますが、その傷が治らないうちにまた傷を作っています。しかもいろんなところで転ぶから、常に全身傷だらけです。

でも発達障害を抱える以上、それは避けては通れない道ですし、何も私だけじゃないんですね。発達障害の人はきっとみんなそうなんです。

 

これからも私は、全身に傷をつくりながらも歩き続けるのでしょう。でも転んで傷ができないようにずっと同じところに留まっているよりは、傷だらけでも歩き続ける方が私らしい気もします。

 

今日はこの辺で。

素敵な土曜日をお過ごしください。